#002

Piccolo Grande
 
 ピッコロ・グランデ / シェフ
松倉教和
 まつくら・のりかず
 
 ピッコロ・グランデ / マネージャー 
小海仁珠
 こうみ・じんじゅ

東京・麻布十番にある<Piccolo Grande(ピッコロ・グランデ)>は1996年12月11日にオープンした一軒家イタリアン・レストランです。1階と2階のフロアにはカップルや家族連れ、友人同士や仕事帰りの人たちでいつも活気に溢れ、予約必須と言われています。グルメな著名人も足繁く通うその店にムッシュかまやつ(以下、ムッシュ)氏が初めて訪れたのは2000年(当時61歳)のことでした。最初はご子息の案内でファミリー・ディナーを楽しみ、続いて親しいお仲間と会食を重ね、いつしかソロでも足を運ぶようなります。最後の来店は2016年12月29日。入院する2週間前、天に召される約2ヶ月前でした。“マイ・キッチン”と呼んでいたほどムッシュが愛したその店は、氏が亡くなった今も彼の気配をそっと感じることが出来ます。
美味しい時間と寛ぎの空間を提供しているレストランのシェフ、松倉教和さん、そしてピッコロ・グランデ・マネージャー、小海仁珠さんは約16年に渡り、ムッシュのプライベート・タイムを絶妙な距離感で見守り続けました。
  


 
----初めてムッシュが来店した時のことを覚えていますか?
 
松倉教和(以下、松倉):ご家族でお越しくださいました。元々、息子の太郎さんがお見えになっていたんですが、ある日、彼のお父様であるムッシュとお母様もお連れくださったんですよ。そりゃあ、嬉しかったです。子供の頃からテレビ等で拝見していたあのムッシュが来てくれたんですからね!
小海仁珠(以下、小海):そのうちにお仲間といらっしゃるようになりました。8人〜10人ぐらいでワイワイとお食事やワインを楽しまれていたのを覚えています。

----当時は、今は亡き大久保裕子ママが店を切り盛りしていたんですよね?

松倉:はい。彼女はムッシュに店のリピーターさんをどんどん紹介していました。同業の方はもちろん、異業種の方とお話するのをムッシュも楽しまれていて、数週間に1回のご来店が次第に増え、お亡くなりになる6年ぐらい前から多い時で週6日なんてこともありました。ランチを召し上がった後、そのままディナーになだれ込むこともありましたしね。ひとりの時でも顔見知りを見つけてはスルスルっと相席して乾杯。ミュージシャン仲間とお越しになった時は、みんなに「旨いだろう、元気出るぞ〜」と薦めながら、若い子とも対等に音楽話で盛り上がっていて、そんなムッシュを厨房から見ているのが大好きでしたし、オーダー・ストップ後にお喋りするのも至福の時間でした。

----お気に入りのお料理は?

松倉:<スパゲッティ・アッラビアータ>です。「これは元気が出る食べ物だし、元気がないと食べられない」と言いながら必ず召し上がっていました。晩年、「美味しいモノを食べていると、あの時○○を食べたな、こういう人と食べた○○は上手かったなというシーンが蘇ってくるんだ。記憶で食べているってことかな」と言っていたのは今も忘れられません。あと、お肉もお好きでしたよ。夜12時になろうとしているのに「肉だ、肉」と言い出して(笑)。
小海:最初の頃はカツレツなど色々な料理を召し上がっていましたが、出来るだけ柔らかい牛肉を食べたいと希望され、ニンニクとアンチョビをかなり効かせたスペシャル・メニュー<フィレット・ムッシュ肉>をシェフが考案しました。かなりお口に合っていたようで、毎回のように注文されていましたね。生牡蠣もお好きでしたし、ブロッコリーのガーリックソテー、秋冬になるとバーニャ・カウダもよく召し上がっていました。

----レシピ本『奇跡のレストラン「ピッコロ・グランデ」32のごちそうレシピ』でもムッシュはバーニャ・カウダをお勧めしていますね。“最初は小鍋を野菜に入れて煮込むスタイルに驚いた”“野菜嫌いな人もぜひ食べてほしい”とコメントしています。

小海:当店の人気メニューなんですよ。それと通常メニューにはない<ムッシュ・サラダ>もお好きでした。

----野菜の千切りサラダですよね。

松倉:正直な話、千切りにすると水が出るので余り作りたくないんです(苦笑)。でも、ムッシュが「野菜をたくさん食べたいので細かく刻んで欲しい」とリクエストされ、作るようになりました。
小海:通常のサラダよりも1.5倍ぐらいの野菜を使っています。ムッシュはバルサミコ酢と胡椒を振って自分流に食べていました。

----ドリンク類は?

小海:最初はグラスでシャンパン、その後、基本、赤ワインです。色々な銘柄を飲まれていましたが、晩年はもっぱらランブルスコ。と言っても、元々、店に置いていたわけではないんですよ。
松倉:どこかのパーティーで飲んだのがきっかけで店に入れて欲しいと。
小海:ランブルスコというのは種類が豊富なんですよね。その中でムッシュが見つけた<グラスパロッサ>はフェラーリさんの晩餐会に必ず登場すると冊子に書かれている微発泡ワインで、飲んでみたら確かに美味しいんです。値段もお手頃。それで仕入れるようになりました。その後、他のお客さまからも注文をいただくようになったので今も扱っています。

----ムッシュはワイン好きでしたが、ヘベレケになった姿を見たことはありますか?

松倉:ないですね。
小海:酔って乱れるということは全くなかったです。お酒を飲んで声を荒げることもなかったですし、怒っている姿を見たこともほとんどありません。お会計も凄くスマートで、どんなに大人数でいらっしゃった時でもサッとカードを出されるんですよ。
松倉:ムッシュにご馳走したいと思っている方も結構、いらっしゃったんですけどね、いつも「いやいや、ここは僕が」って。

----そういえば、奥さまにお料理をお持ち帰りしたことも度々、あったとか。

松倉:本来、テイクアウト・メニューはないんですが、ムッシュに頼まれるとねぇ。<頬肉の煮込み>はお土産の定番でした。ムッシュはご家族にも優しかったです。

----そんなムッシュとの思い出は数え切れないほどあると思いますが、何かひとつエピソードを伺えますか。

小海:例えば、愛車でいらっしゃった時、僕が運転して麹町のお宅まで送ったことが何度かあります。ムッシュはお酒を飲んでいるので帰りはハンドルを握れないですからね。<アバルト695トリブート・フェラーリ>もその前に乗っていらした<ランチア・イプシロン>も運転させてもらいました。あれは嬉しかったなあ。そういえば「帰る前にスーパーで買い物をしたい」と言われ、寄り道したこともあります。その時、僕は車の中で待っていたんですが、中々戻って来ないので店内を覗いてみたら、一般のお客さまに「お勧めはなんですか?」と言ったようなことを尋ねていたんですよ。しかも、満面の笑みを浮かべて。あの時もムッシュって凄いなと思いましたね(笑)。結局、30分ぐらい、スーパーにいて食材やら生活用品などを買い込んで戻って来ました(笑)。

----誰に対してもオープン・マインドなムッシュらしい逸話ですね。

松倉:僕は一緒に築地で朝ご飯を食べたのも良い思い出です。うちの店で食事をしていたムッシュがいきなり「明日、築地(市場)でモーニングを食べよう」と言い出し、常連さんたちも話に乗ったんです。それで、夜12時ぐらいに1度別れ、朝5時に築地集合。そのまま場内にあるムッシュ行き付けのお店<小田保>に突撃しました。「ここの鰺フライ、旨いよね〜。中に粉チーズが入っているんだ」なんて薦めてくれて、すっかり満腹になったところで解散、と思ったら「次は夕方の5時に浅草雷門前で待ち合せよう」と言うんです。いやあ、本当にお元気でした。みんなもノリが良くてまた顔を揃えたところで、ムッシュが長年通っているもんじゃ焼き屋さん<おすぎ>に行き、2軒目は<捕鯨船>で杯を重ねます。流石にこれで終わりかと思いきや、ラストは銀座に繰り出し<モンド・バー>(2015年閉店)のドアを開けて「ここのカレーが美味しいんだよ」とまたもや飲み食い(笑)。

----その時すでに70歳オーバーですよね?

松倉:はい。僕らがヘロヘロなのにムッシュはまだまだイケるといった感じでした。

----ご病気されてから変わったことはありましたか?

松倉:特にありませんね。さすがに亡くなる1年くらい前から食は細くなりましたけれど、それ以外は何も変わらず。バンド活動も精力的に行っていましたし。

----オン、オフ共に最期まで現役だったということですね。

松倉:しかも、常に格好良かった。冷静でいながらポジティヴ。好きなことはガツンとやる。本当は体調が悪かったのかもしれないけれど、晩年、ブルーノート東京に出演したライヴを見た時も全く病気を感じさせないパフォーマンスで、これこそがプロフェッショナルだと感銘を受けました。音楽に対するパワーはラストまで衰えていなかったと思います。
小海:僕はムッシュから楽しんで食事をする大切さを学びました。「辛気臭い顔でご飯を食べても美味しくないよ」とおっしゃっていたし、実際、ムッシュのテーブルは笑いが絶えませんでした。それと、多くの方がおっしゃっていますが、いつも敬語で接してくれていて、ある時、どなたかが「なんで、年下にも敬語を使うんですか」と質問していたんです。そうしたら「だって、面倒くさいじゃん(笑)」。それを耳にして、本当に凄い人というのは偉ぶったところが一切、ないんだなあと思い知りましたね。
松倉:こういう人が好かれるんだと今、改めて感じているんですよ。例えば、辛い時にも笑顔でいる、愚痴を言わない、上から目線で話をしない等々。そういう方だからいつも周りに人が集まっていたんでしょうね。ムッシュの生き方をお手本にしたいですが、余りにも格好良すぎて真似出来そうにありません。
 
 
取材・文 菅野 聖
 
Piccolo Grande
http://www.piccolo-grande.co.jp/